「肉がないのに肉じゃがは作れない」— AI時代に情報蓄積が競争優位になる理由
AIツールを導入したのに、思ったほど成果が出ない。
こういった声を、クライアントとの会話やマーケティング担当者との情報交換の中で、頻繁に聞くようになりました。ツールのデモを見て期待を膨らませ、導入してみたものの、数ヶ月経っても業務の質が変わった実感がない。「やっぱりAIはまだ早かったのかもしれない」と撤退を考え始める。
私たちも、最初は似たようなことを感じていました。でも、あるとき気づいたんです。問題はAIの性能ではなく、AIに渡す「材料」が足りていないことだ、と。
この記事では、私たちが実際に情報蓄積の仕組みを作り、それがAIの出力品質にどう影響したかについて共有します。AIをこれから活用したい方に、「何から手をつけるか」のヒントになればと思います。
目次
多くの企業がAIツール導入から始めて、成果が出ない理由
AIの導入を考えるとき、多くの企業がまず「どのツールを使うか」から入ります。
ChatGPT、Claude、Gemini、Copilot。選択肢は増え続けていて、それぞれに特徴がある。ツールの比較記事を読んで、トライアルを申し込んで、チームに展開する。ここまでのステップは、多くの企業がすでに経験しているのではないでしょうか。
ところが、ツールを導入した後に起きるのは、だいたい同じ風景です。
- 最初の1週間は面白がって使う
- 2週目から「結局、何に使えばいいのか分からない」となる
- 1ヶ月後、使っているのは一部のメンバーだけになる
- 3ヶ月後、ライセンス更新のタイミングで「費用対効果は?」と聞かれて答えられない
この流れは、私たちもクライアント支援の中で何度も見てきました。
ツールの性能は上がっているのに、なぜ成果が出ないのか
原因は、AIツールそのものの性能不足ではありません。
たとえば、ChatGPTに「うちの会社のマーケティング戦略を考えて」と聞いたとしましょう。AIは何かしらの回答を返してくれます。でも、その回答は汎用的で、自社の事業内容や市場環境、過去の施策実績を反映したものにはなりません。
当たり前です。AIはあなたの会社のことを知らないからです。
ここに、多くの企業が見落としているポイントがあると私たちは考えています。AIは「道具」です。どんなに優れた道具でも、加工する素材がなければ、成果物は作れません。
「材料がなければ料理は作れない」の意味
「肉がないのに肉じゃがは作れない。逆にさまざまな肉があれば、肉じゃが以外も作れる」
これは、私たちのチームの中で出てきた言葉です。AIと情報の関係を、料理に例えたものですが、この比喩がかなり的確だと感じています。
AI = 調理、データ = 食材
料理に例えると、AIは「調理」そのものです。材料を揃えて、レシピを決めて、調理して、美味しいかどうかレビューする。このプロセスの中で、AIが担っているのはキッチンの設備ではなく、材料をミックスしてアウトプットに変える「調理」の部分なんです。
だから、冷蔵庫が空っぽなら、どれだけ優秀な調理ができても何も作れない。逆に、冷蔵庫にさまざまな食材が揃っていれば、肉じゃがだけでなく、すき焼きも、鍋も、バーベキューもできる。材料の種類と量が、作れる料理の幅と質を決めるんです。
AI活用も同じ構造です。
| 項目 | ツール先行型 | データ先行型 |
|---|---|---|
| 最初にやること | AIツールの選定・導入 | 自社情報の蓄積・整理 |
| AIへの入力 | 汎用的なプロンプト | 自社固有のデータ |
| AIの出力品質 | 一般的な回答 | 自社に最適化された回答 |
| 3ヶ月後の状態 | 利用率が低下しがち | 蓄積が進むほど精度が上がる |
| 1年後の競争力 | 他社と差がつかない | 蓄積量が参入障壁になる |
ツール先行型のアプローチでは、AIが返す回答はどの会社でも似たようなものになります。同じAIツールを使い、同じような汎用プロンプトを投げているのだから、当然です。
一方、データ先行型のアプローチでは、蓄積した情報がそのまま差別化要因になります。自社のミーティング記録、顧客とのやりとり、過去の施策の成功・失敗の記録。こういった情報をAIに渡せば、自社にしか出せないアウトプットが生まれます。
「いるいらない関係なく、とにかく貯める」という考え方
情報蓄積と聞くと、「どの情報が必要で、どの情報が不要かを先に決めるべきでは」と思うかもしれません。
私たちは、最初からそうは考えていません。
いるかいらないかは、使う時点にならないと分からないからです。3ヶ月前のミーティングで出た何気ない一言が、今日のプロジェクトの重要なヒントになることがある。去年書いたコンテンツの一節が、新しい記事の核になることがある。
だから、判断を後回しにして、とにかく貯める。カテゴリ分けと日付だけつけて、日々追加されるようにする。選別は、AIに任せればいい。大量の情報の中から、今の文脈に必要なものを見つけ出すのは、AIが得意な仕事です。
私たちが蓄積している情報の種類
では実際に、私たちがどのような情報をどうやって蓄積しているのか。具体的に共有します。
ミーティングの記録
クライアントとの打ち合わせ、社内のプロジェクト会議、チーム間の相談。あらゆるミーティングを自動で録音し、文字起こしをかけています。
手動でやっていたら続きません。APIを使って、ミーティングが終わると自動的にテキスト化され、所定の場所に格納される仕組みを作っています。現時点で蓄積されたミーティングデータは数十件を超えています。
ここから得られるのは、単なる議事録ではありません。「誰がどんな文脈でどんな発言をしたか」「どんな質問に対してどんな回答がされたか」。こういったナレッジが、構造化されたデータとして蓄積されていくんです。
チャットの記録
日々のSlackでのやりとりも、自動で収集しています。
特に重要なのは、代表やシニアメンバーの発言です。判断の背景、考え方の言語化、プロジェクトへのフィードバック。こういったものは、ミーティングよりもむしろチャットの中に散在していることが多い。
チャットの情報は流れやすい性質を持っています。1週間前のSlackのメッセージを探すのは面倒で、結局誰も振り返らない。でも、自動で蓄積しておけば、AIが必要なタイミングで引っ張り出してくれます。
外部情報の参照記録
業務中に参照したURLの内容も蓄積しています。
競合の動向、業界のトレンド、参考になった記事。チームメンバーが「これ参考になる」と共有したURLを、AIが自動で要約し、カテゴリ分けして保存する。
これにより、「前にチームの誰かが共有していた、あの記事」を、曖昧なキーワードでも見つけ出せるようになりました。
自社コンテンツの蓄積
過去に自社やグループ会社で制作したコンテンツも、全てクレンジング(整理・分類・要約)して蓄積しています。
数百件の記事を分類し、カテゴリごとにナレッジを抽出する。この作業だけでも相当な量になりますが、一度やってしまえば、それが全ての新規コンテンツ制作の土台になります。
蓄積する仕組みの作り方
「蓄積が大事なのは分かった。でも、具体的にどうやればいいのか」
ここが一番聞かれるポイントです。私たちの経験から、いくつかのステップをお伝えします。
ステップ1:ログインなしで動く仕組みにする
最も大事なのは、「人間の手間をゼロにする」ことです。
私たちのチームでは、「AIによって、使う時にログインするというアクションをなくす」という設計思想を大切にしています。データを蓄積するために毎回ログインして、手動で入力して、カテゴリを選んで保存する。こういう仕組みは、最初の1週間しか続きません。
ミーティングが終わったら自動で文字起こしが走る。Slackで発言したら自動で収集される。URLを共有したら自動で要約される。人間がやるのは「普段通りに仕事をする」だけ。これが、蓄積を継続させる設計の基本です。
ステップ2:ダッシュボードを一つにする
蓄積先がバラバラだと、活用するときに困ります。
ミーティングの記録はここ、チャットはあっち、URLメモはまた別のところ。ツールが増えるたびに情報が分散して、結局「どこに何があるか分からない」状態になる。
私たちが目指しているのは、一つの場所に全ての情報が集まる状態です。新しいツールをどんどん増やすのではなく、データベースを一つにして、あらゆるソースからそこに流し込む。ログインすれば全てが見える。AIに聞けば全てから探してくれる。
この「一元化」の設計思想が、蓄積を活用可能にするための大きなポイントだと感じています。
ステップ3:日付とカテゴリだけつけて貯める
最初から完璧な分類体系を作ろうとしないことも大事です。
私たちも最初は、情報を細かく分類しようとしました。でも、分類の粒度を決めること自体に時間がかかるし、後から「この分類じゃダメだった」と気づくことも多い。
結局たどり着いたのは、「日付とカテゴリだけつけて、とにかく貯める」というシンプルなルールです。細かい整理や構造化は、後からクレンジングすればいい。最初の段階で完璧に分類しようとすると、それ自体がハードルになって蓄積が止まります。まず貯める。整理は後からでいい。この順番が大事です。
ステップ4:小さく始める
全てを一度にやろうとする必要はありません。
まずはミーティングの自動文字起こしだけ始める。それが習慣になったら、チャットの自動収集を追加する。次にURL情報の蓄積を足す。段階的に広げていくのが、現実的なアプローチです。
大事なのは、早く始めることです。蓄積は時間の関数なので、1ヶ月早く始めれば、1ヶ月分の情報が多く貯まります。そして、その差は後からは取り返せません。
蓄積量が一定を超えると何が起きるか
蓄積を始めて最初の数週間は、正直なところ大きな変化は感じません。情報量が少ない段階では、AIに渡しても出力の質はそこまで変わらない。
でも、一定のラインを超えたとき、明らかに変化が起きます。
変化1:AIの出力が「自社らしく」なる
蓄積量が増えてくると、AIが返す回答が汎用的なものから、自社の文脈を踏まえたものに変わります。
たとえば、コンテンツを制作するときに、過去のコンテンツのナレッジ、ミーティングでの発言、チーム内の議論。これらがAIの参照素材として使われるようになると、出力される文章のトーンや視点が、明らかに「私たちが書いたもの」に近づいていきます。
これは肉じゃがの比喩に戻れば、「冷蔵庫に自社産の食材が充実してきた」状態です。同じレシピでも、素材が変われば味が変わる。AIも同じで、渡すデータが変われば、出力の質と個性が変わります。
変化2:AIができる仕事の幅が広がる
情報の種類が増えると、AIに任せられる仕事の幅も広がります。
初期は「文章の要約」や「メールの下書き」くらいしか使えなかったものが、蓄積が進むと「過去のミーティングから関連する議論を探してきて、今のプロジェクトに活かす」「過去のコンテンツの知見をもとに、新しい記事の骨格を設計する」「チーム内のナレッジを横断検索して、似た課題の解決策を提示する」といったことが可能になります。
さまざまな肉があれば、肉じゃが以外も作れる。蓄積の幅が、AIの活用範囲を決めるんです。
変化3:蓄積そのものが参入障壁になる
ここが、情報蓄積が「競争優位」になる最大の理由です。
AIツールそのものは、どの会社でも同じものを使えます。ChatGPTもClaudeも、契約すれば誰でもアクセスできる。ツールの差では、競争優位は生まれません。
しかし、蓄積されたデータは違います。自社のミーティング記録、自社のチャットログ、自社のコンテンツナレッジ。これらは、その会社にしかないものです。そして、蓄積は時間をかけないと増やせません。
つまり、今日から蓄積を始めた会社と、1年後に始めた会社では、1年分のデータの差が生まれる。この差は、後からお金をかけても埋められません。
情報蓄積は、複利のように効いてきます。初期の蓄積がベースになり、その上に新しい情報が積み重なり、AIの出力品質がさらに上がり、それがまた新しい蓄積を生む。このサイクルが回り始めると、後発企業との差は開く一方です。
最後に
AIの活用で成果を出すために、最も大切なのはツール選びではなく、AIに渡す「材料」を蓄積することだと私たちは考えています。
この記事のポイントを整理します。
- AIツールの導入だけでは成果は出にくい — AIが汎用的な回答しか返せないのは、自社固有の情報が渡されていないから
- 「材料がなければ料理は作れない」 — AIの出力品質は、渡すデータの質と量に依存する
- 蓄積は「自動で、一箇所に、判断せずに」 — 人間の手間をゼロにする仕組みが継続の鍵
- 蓄積量が一定を超えると質が変わる — AIの出力が自社らしくなり、活用範囲が広がる
- 蓄積されたデータは参入障壁になる — ツールは誰でも使えるが、データは時間をかけないと積み上がらない
肉がなければ肉じゃがは作れない。でも、さまざまな食材を揃えていけば、肉じゃが以外の料理も作れるようになる。
AI活用の出発点は、「どのAIツールを使うか」ではなく、「自社の情報をどう蓄積するか」だと、私たちは日々の実践の中で実感しています。
まずは一つ、自動で情報が貯まる仕組みを作るところから始めてみてください。ミーティングの文字起こしでも、チャットの収集でも、何でも構いません。蓄積は早く始めるほど有利です。1ヶ月後、冷蔵庫を開けたときに入っている食材の量が、そのままAI活用の可能性を決めることになります。
この記事は、社内の知見や実績データを活用し、ユーザーにとって利便性の高いコンテンツを生み出すよう設計されたAIを活用して制作し、マーケターがレビュー・監修した後に公開しています。KAAANは、AIと人の共創によって高品質なコンテンツを効率的に制作しています。
カテゴリ
AIの考え方
タグ
AI
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著者
寺倉 大史
Director
業界歴10年以上。マーケティング全体の戦略、プランニング、PM、組織開発など幅広く累計100社以上を支援。藍染職人、株式会社LIG執行役員を経て、デジタルマーケティングカンパニー『MOLTS』を設立。
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寺倉 大史
Director
業界歴10年以上。マーケティング全体の戦略、プランニング、PM、組織開発など幅広く累計100社以上を支援。藍染職人、株式会社LIG執行役員を経て、デジタルマーケティングカンパニー『MOLTS』を設立。
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