デザインやコンセプトを具体化するプロセスにおいて、クライアントの事業について深く理解しなければならない。また、クライアントについての理解だけではなく、対象の業界や周辺領域についての深い洞察が必要になる。クライアントや対象の業界、周辺領域について深く理解することで、プロジェクトの基盤となる世界観を構築し、具体的な方向性を導き出せる。当たり前のことではあるものの、まったく未知の領域の場合、これらの理解を深めるのはかなり難しい。ここでは未知の領域に挑戦する場合に、どうすればサービスやプロダクトの本質を深く理解することができるのか、そのためのヒントを紹介する。未知の領域でクライアントの事業や周辺領域を理解しなければならない場合、ユーザーの立場になることが最も効果的なアプローチ。実際に一ユーザーとして、サービスやプロダクト、コンテンツに触れることで、ターゲットと同じ環境に身を置き、彼らの視点や体験を直接感じることができる。サービスやプロダクト、コンテンツに触れる際は、ヘビーユーザーとしてとことん楽しみ倒す、または使い倒すことがポイント。徹底的にサービスやプロダクト、コンテンツに没入することで、「共感」「課題発見」「改善アイデア」などの一次情報が得られる。これらはプロジェクトを推進する上で、判断基準となるため非常に重要な情報である。
例えば、バンドのオフィシャルサイトをリニューアルする場合、楽曲やPV、ライブ映像に徹底的に触れることで、バンドが持つ独自の世界観やメッセージ性を体感できる。同様に、ゲームアプリのプロモーションを手がける際には、そのゲームを繰り返しプレイし、ユーザーが魅力を感じるポイントを把握することが重要。こうした没入体験は、プロジェクトの方向性を具体的に示したり、イメージを膨らませるための助けとなる。それだけではなく、対象事業の周辺情報、たとえば「文化」「背景・歴史」「作法」、特定のコミュニティーだけで通用する「暗黙の了解」などについてリサーチを行う必要がある。これらを理解すると、対象事業の業界全体における位置付けや存在意義を明確に把握することができるようになる。こうした視点は、単なる機能や外観の設計に留まらず、事業やブランドの核となるメッセージ性を表現する際にも欠かせない。一方で、周辺情報が広範囲にわたる場合や、toB向けサービスのようにコアユーザーの立場を簡単に再現できない場合もある。例えば、気象事業を展開する企業のプロジェクトでは、地球規模の観測データを、人間が直接感じ取れるスケールではない。また、高級ブランドの商品を扱うプロジェクトの場合、数十万円以上する商材を実際に購入して試すことは現実的ではない。このような場合には、関連するテーマを扱ったコンテンツからアプローチを始めるのがおすすめ。地球規模の気象プロジェクトであれば、SF映画や宇宙をテーマにしたドキュメンタリーが理解の助けになる場合がある。個人的には、コンテンツを構成する要素の中で特に音に着目している。なかなか触れにくい分野に対して、イメージを膨らませてくれるきっかけをかなり与えてくれる。映画のサウンドトラックはもちろん、Youtubeなどを次々辿るとニッチなコンテンツにも辿り着く。過去に、ISSの船内音を配信してる動画を発見した。ずっと聞いていると、船内にいる感覚が擬似体験でき、宇宙から見る視点がちょっとだけ獲得できた気がした。このように、接触しやすいコンテンツからアプローチを始めることで、関連要素を連鎖的に発見し、深い理解につなげることができる。未知の分野であっても、まずはその分野に意図的に没入し、得られる情報や体験を活用することで、プロジェクトを解像度高く設計して推進することが可能だ。